名無しの木
gift a name

名無しの木、誰も知らない木。

彼は、ずっとここに居たと言う。
そんなの知らなかった。
緑が茂る季節も、はだかになった枝たちが雪に俯く季節も。
いくら目を凝らしても、他の誰かの片鱗など無かった。
いつだって。

背筋に冷たいものを感じながらも、男の子の胸にはもう、きらきらが灯っていた。

ご覧。

彼の手元を覗き込む。
痩せて乾いた、樹皮を思わせる肌だ。
その指は、存外ほっそり長く伸びている。

この花が分かるかい。

男の子は、そっと首を横に振る。
見上げる月とお揃いの色をしていると思った。
タンポポにしては小さすぎて頼りないし、菜の花はもっとひらひらしている。
じっさい男の子というものは、花なんてそうそう気にしないものだ。

そうか。残念。

少しも残念そうじゃない声で、彼は呟いた。
その目線の先を、男の子も見つめる。

木は、いつの間にか、月の他にもたくさんの星たちを背負っていた。

また来ます。
また、おいで。

男の子は、最後に見た電灯まで一息に走った。
振り返る。
彼の姿は、もう無かった。

次の電灯までは、早足で歩いた。
更に次の電灯までは、ゆっくり歩いた。
振り返る。
名無しの木は、暗い森の輪郭の中に溶けてしまっていた。

もし次も会えたら。
また会えたら、その時まだ名無しの木だったら。

一緒に名前を考えませんか。

残りの電灯を全て辿って暖かな家に着くまで、男の子はずっとスキップをした。